小野に住まう ~小野という地域を「芸術村」に~

2021-3-4

ガラス工芸 工房 三田木精庵
前出佳与(まえで かよ)さん
小野地区在住
高校3年生の時、阪神淡路大震災を機に家族で三田に移住

―前出さんはどういった経緯で三田に引っ越して来られたんですか?

 以前は神戸市北区の有野台に住んでいたんですが、私が幼稚園の頃、父がこの近くにある小野小学校が廃校寸前だったことを知りました。「こんなにのどかでゆったりとした環境のところに、子どもたちを通わせられたら。」と考えた父は、まだ三田市の人口が3万人にも満たない時代に何もないこの山を購入したんです。そして「家族みんなで家を建てよう。」ということになり、私と兄と両親とで伐採・整地・コンクリートの柱作りなど、すべて手作りでコツコツ作り始めていました。
 
 ところが、作り始めると何でもこだわりたくなる父の性分もあって、なかなか家作りが進まず、小野小学校に通うことは叶いませんでした(笑)。山を購入した当時は人よりも狸の方が多いような状況でしたが、私たちの家作りが難航している中、周囲はあっという間に開発が進んで家が増えていきました。本当はひっそりと暮らしたかったんですけどね。
 
 家作りをしながら有野台で暮らしていた高校3年生の時、阪神淡路大震災で自宅が被災しました。ライフラインが完全に止まってしまったので、雨風がしのげて電気も通っていたこの場所にテント生活をするつもりで、家族みんなでこっちに移ってきたんです。

ご自宅の窓からの風景

―ガラス工芸を始められたきっかけは何ですか?

 こうした生活をしてきた影響もあり、土をさわったり物を作るということには興味がありました。

 最初は木彫から始まったんですが、木では表現しきれない部分があり「ガラスで作ってみたら面白いんじゃないか?」と電気炉を買って色々な技法を試してみました。蝶や花といったモチーフを表現するのに、吹きガラスやバーナーワークではどれもボテッとしていて、イメージとは合わなかったんです。試行錯誤の末、葉っぱの葉脈のように薄くて繊細なものを表現するには、型を作る「パート・ド・ヴェール」という技法が一番だということにたどり着きました。

 「パート・ド・ヴェール」は粘土で形作ったモチーフから石膏型を作り、そこにガラスの粉を詰めて電気炉で焼成、その後バリを取り、研磨を経て作品に仕上げていきます。この技法はメソポタミア時代から伝わる世界最古のガラス技法と言われ、大変な手間と時間を要します。一般的な「「パート・ド・ヴェール」は厚みがあって乳白色というのが特徴ですが、私たちは正反対で透明感と薄さを追求することを目指しています。ですので、初めて作品を見てくださった方は「こんなの見たことない!」と驚いてくださるんですよ。

 前出さんの作品

 前出さんの作品

―前出さんにとって三田の魅力はどんなところですか?

 自然が多くて大阪や神戸にも通いやすく利便性が良いところですね。車があればスーパーにも10分程で行けますし。特に、私たちのように蝶や花といった自然をモチーフにした作品作りをしている者にとって、インスピレーションはこういった場所でないと出てきません。環境も良く静かで、隣近所とも間隔があいているので、ゆっくり自分のペースで仕事ができるのも魅力です。

 ただ、作品を発表するには三田という場所では足りないので、大阪や神戸が中心にはなりますが、都市部へも十分行ける距離ですので、私たち世代の工芸作家にとっては非常に住みやすい街だと思います。
 
 今年はコロナウィルスの影響で様々な展示会が中止になってしまいました。作家は普段から個人プレーの職業のため、不安になったりすることもありますが、ここに住んでいるとそういった感覚もなくなってきます。外出が制限される今、ネット販売が伸びて来ていて、with コロナというこの機会に三田の良さを発信していけたらと思っています。

 この環境は物を作るのに最高に良いところです。都会に住んでいたらきっと今作っている作品も出来なかったと思っています。小野にも空き家があると聞いているので、同じような境遇の方には喜んでもらえる環境なんじゃないかと思っています。

―今後、三田で実現したいことなどはありますか?

 三田を拠点に芸術や文化を発信していきたいですし、この小野という地域が「芸術村」になればいいと強く思っています。
 
 私たちが作る工芸作品のデビューの場は「さんだ工房市」でした。普通は門下生になれば発表の場に連れて行ってもらえますが、私たちは独立独歩でやってきているので、そんな機会がありませんでした。そんな中で見てくださる方が紹介してくださり、色んな縁をつないでくれるようになり、場や人とのつながりが広がっていきました。

 現在、ご縁があって三田市観光協会の理事を務めさせていただいています。私たちを繋いでくださった縁を一番に考え、文化という面で三田に貢献することが一番の恩返しだと思っています。この辺りはとても便利で生活に支障もありませんし、創作活動をされている方には本当に魅力的な場所です。「こういう場所が三田にはある。」ということをアピールしていきたいと思っています。

 一方で地元の方は保守的で閉鎖的、さらには高齢化も進んで空き家も増えているという問題もあります。人が住まなければ家は荒廃していく一方で、こうした環境が失われていくのはもったいないと感じています。時間や心に余裕がある、人の気配がしない環境というのはとても落ち着けます。こんな時代だからこそ気負わず、ゆっくり、質素倹約を旨として、自給自足の生活を送るのもまた人生の楽しみの一つだと思います。

<編集後記>

 「有馬富士ふもとの霧は海ににて 波かと聞けば小野の松風」(花山法皇)歴史にもその名が残る小野は、有馬富士や千丈寺湖といった雄大な自然を望む風光明媚な場所です。市街地から車で15分程のところに、まるで別荘地のような穏やかで心安らぐ場所があるということは、市民にもあまり知られていないように思います。
 リモートワークやワーケーションなど、働き方が見直されるこんな時代だからこそ、「住みやすさと働きやすさのバランスを兼ね備えた、三田の魅力をたくさんの人に知ってもらいたい!」と改めて感じさせられたひとときでした。

インタビュアー:第5期さんだ住まいるチームメンバー 岡本 恭子